夏魚、空を行ってみる

アニメ好きによる感想、空想、つぶやき。

『君の名は。』(新海誠監督/2016年)感想2 ~感想と個人的ツッコミ編~

大ヒット映画『君の名は。』の感想その2~感想と個人的ツッコミ編~です。※ネタばれ前提です。

 

テーマが重すぎ……?

映画を観た後に、原作小説本を読んで、瀧が「(三葉に関する)記憶が消されてしまうという運命なら、そんな運命に逆らって、もがき続けながらも生きると決めた」と決意したことが書かれていて、「え?! そうだったのか!」「そんな重いテーマがあったとは……」と驚きました。

私がいまいちこの映画に乗りきれなかったのは、『大切な人や場所を失っても(記憶が消えても)、それでももがき続けると決めた(瀧)』という、実は重すぎるテーマ・メッセージが映画を観ただけでは受け取れなかった、気付かなかった、ことかもしれない、と思いました。

『SFラブコメ、ファンタジー映画だと思っていたら、いきなり厳しい現実を突き付けられた』という感じです。現実を突き付けられる心構えが全然なかったため、「ええ?!」「どういうこと?!」と、受け止めきれなかった、という感じです。
例えば、魔法の世界で、魔法使いに「なんでも願いをかなえてあげる♪」と言われ、じゃあ空を飛びたい!と空を飛ばしてくれたり、雲を綿菓子にしてくれたり。わーい!と地上に戻ってきた後、魔法使いが真顔で「じゃあ、魔法の使用料、今ので合計15万円。現金で」と言われ、「…………え?」。ぼったくりバーか!とツッコむ余裕もなく。「いやいや、魔法使いがそんなこと言うはずない! だってここは、魔法の世界だから!」と、頭が現実(厳しい現実)を拒絶。というような。
いえ、例えが悪かったですね;

でも、そういうテーマ・メッセージなら、“(瀧と三葉は)会えないというエンディング”はテーマと反するのでは?と思いました。そういうテーマなら、“会えるエンディング”でないと、テーマに沿わないのでは?と。
なので、映画版のラストの「会えるか会えないか」のすれ違いは、やはり(観客を)じらしているだけのように思いました。

 

『5年後』について

無事に三葉(や瀧)たちの活躍により、町の人々は難を逃れ、時系列が変わりました。

が、しかし。

その後の『5年後』のシーンが、冗長に見えてしまいました。
瀧と三葉は果たして会えるのか?会えないのか?の引き延ばしに見えてしまいました。“ハラハラ”どころか、興ざめしました。というか、「こんな瀧だったら、たとえ三葉がこの世に生きていたとしても、会えなくても仕方ないのでは?」とさえ思ってしまいました。『5年後』の瀧は、5年間もがいていたようには見えなかったので、余計に瀧にガッカリ……。
それに、瀧にとっては『5年後』でも、三葉にとっては『8年後』の、25歳なんですよ!! その間、ずっと瀧を探していたことになります。最後の最後では、『5年後』からさらに1年経っていて、そしたら三葉は26歳……かわいそうすぎる;; 女性も20代半ばにもなれば、結婚とか将来どうするとか考えますよ。三葉の幼なじみのサヤちんも結婚したし、おそらく、周りの友達もちらほらと結婚する人が出始めたのではないでしょうか。
そんな中、いまだに“運命の人”を探し続けていた三葉……そりゃあラストに泣きますよ。

しかし、ラストに2人は『出会った』だけで、『恋に落ちた』わけではないし、その後、恋愛に発展するかどうかも分かりません。『出会った』としても、お互いに相手のことを魅力的だと思うかどうかも問題だと思います。
と、思ったのですが、『すれ違った時、お互いに“この人だ!”と分かり、お互いに振り返った』《Wikipediaより》とのことでした。
“ビビビ!と来た!”のですか? ……なんか腑に落ちないのですが。

その前に、瀧、相手(女性)に名前を聞く前に、自分から名乗れよ!!とツッコミしてしまいました。

 

“隕石落下による犠牲者が多数”という本来の歴史を変えた結末は、都合良すぎ?

正確に言えば、三葉がお父さんである町長の説得に成功して、町長が“避難訓練”と称して町の人々を高台に避難させ、隕石落下による犠牲者を一人も出さなかった、という時系列に変わった、ということなのですが。

歴史ものやタイムスリップものでは、『歴史は変えられない』『歴史にifはない』というのが定説です。過去にタイムスリップして、“本能寺の変を未然に防いで、織田信長を生き続けさせた”という展開の物語があったら、「それは都合良すぎだ!」「さすがにそれはない!」とツッコミされまくりだろうと思います。
しかし、この映画では本来の歴史を変えて町の人々を救い、さらに記憶が消えた瀧と、歴史が変わって生き続けた三葉が、ラストに出会う、という超絶(?)ハッピーエンドでした。
さすがにこの結末は、個人的にも、最初は、都合良すぎかな?とは思いました。『結末はハッピーエンドで』という縛りでもあったのか、無理やり感もあったように思いました。
が、しかし。
「三葉(と瀧)は、町の人々を災害から救うために奔走したが、町長(三葉のお父さん)を説得できずに、結局歴史が変わらずに、犠牲者が多数出て、三葉も死亡してしまった」という結末だったとしたら、では「何のために1000年以上に渡って宮水家が存続して、『巫女の力』が脈々と受け継がれてきたのか?」「何のために“入れ替わり”が起きたのか?」の意味がなくなってしまいます。三葉たち(妹も)が亡くなってしまったら、『1200年ごとにやってくる災いを防ぐ巫女の役割』である宮水家の血筋が途絶えてしまうことになります。宮水の女神様の目的は、町の人々を隕石落下の災害から守ること、そして宮水家の血筋を絶やさないこと(三葉たちが生きていること)。その目的を果たせなかったら意味がないし、宮水の女神様からは、「その目的のためには多少の犠牲(瀧や三葉のお父さん、そしてお母さんも?)もいとわないわ!」という強い意志を感じるので、『結局、歴史は変わりませんでした』という結末はありえなかったのだと思います。

少しだけ譲歩して(?)、『せめて宮水家の血筋を残す』というバージョンを空想してみました。

※空想入ります。
三葉(と瀧)は、町の人々を救うために奔走したが、お父さんである町長を説得できず、隕石は落下。町は破壊され、多数の犠牲者が出る。(もとの歴史通り)
しかし、なぜか妹の四葉だけ、難を逃れる。あの時、“神隠し”に遭い、気が付くと高台の建物の中にいて、助かる。
祖母や姉の三葉は隕石落下の災害で亡くなったが、四葉は親戚に引き取られ、その後も生きる(宮水家の血筋は後世に残る)。
5年後。就職活動中の瀧(22歳)と、高校の修学旅行で東京に来ていた四葉(17歳)が、東京のどこかですれ違う。あれ?と思わず立ち止まる瀧。振り返るが、四葉は振り返らずに行ってしまう。
エンディング。『なんでもないや』が流れる

 君のいない 世界にも 何かの意味はきっとあって
 でも君のいない 世界など 夏休みのない 8月のよう
 君のいない 世界など 笑うことない サンタのよう
 君のいない 世界など
 (movie ver.より)

……いや、だめですね。つらすぎます(泣)。

 

個人的野暮なツッコミ。

瀧のポケットはドラえもんのポケット?!

瀧が最初から仕込みで持っていたのか、それとも本当に偶然あったのかは分かりませんが……登山用ジャケットのポケットから都合よく出てきたサインペンが「不自然すぎる!」と思ってしまいました。
ここでもし、サバイバルナイフが出てきたらそれほど違和感は覚えなかったかもしれません。

でも、その場合、「お互いに、名前を書こう! 腕出して!」と三葉の腕にナイフを突きつける瀧。ひらがなで『すきだ』と書くのは曲線が多すぎるから難しいので、カタカナで『スキダ』と刻みます。血まみれになる三葉の腕。ここまですれば、傷跡が残るので、のちに記憶が全部消されても、再会した時に分かるかも?!(……いや、さすがに女の子の腕に傷というのはちょっと……;;;) 

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ラストについて
何度も書いてしまいますが。
そもそも、瀧は、三葉の名前や三葉に関係する記憶は消えてしまっているので、ラストに「君の名は――?」と名前を聞いても、分からないので、どう反応したのでしょうか?
階段で振り返った三葉が、「三葉です」と答えても、瀧は「……そうですか(うう~ん、どうなんだろう? 違ったらどうしよう?)」などと、まごついてしまいそうです。『5年後(時系列②)』の瀧は、やたらと優柔不断っぽいし、女性に声をかけるのもためらうような男になっています。
「おまえが世界のどこにいても俺が必ずもう一度逢いに行く――!」と叫んだ、情熱を持ち合わせていた『時系列①』の17歳の時の瀧とは別人のようです。その時の瀧はめちゃくちゃカッコよくて応援したんだけどな……;
実際、時系列が違いますけどね。三葉が、そんな時系列②の『5年後(~6年後)の瀧』のことを好きになってくれることを願うばかりです。
個人的な希望としては、『5年後』を描くなら、やはり、2人があの出来事の後、ちゃんと出会い、ちゃんと交際している、という姿が見たかったです。なんなら、「あの後、2人はちゃんと出会えて、5年間ずっと交際していた」「今度、結婚することになりました。デキ婚です(照)」とかでもOKです!
でもそれでは、『人生にもがく』というテーマ(原作小説本を読んで分かったことですが)、とは外れてしまうんですよね;
というか……テーマが重すぎて、しんどいです。

タイトルについて
君の名は。』というタイトルについて。「どこかで聞いたことのあるタイトルだな?」と思ってネット検索したら、昭和の戦後のラジオドラマ、ドラマ化、映画化された『君の名は』という作品がありました。近年(1991年)でもドラマ化されたそうです《Wikipediaより》。
だからか、最初は、「なんだか新鮮味のないタイトルだな?」「あんまり凝っていない感じがする……?」と思ってしまいました。
『。』が付いているから、別作品ですか??
が、しかし。タイトル候補が他にたくさんあり、散々検討した結果のようなので、何も言えませんが……(←言ってます)。

 

その他の登場人物について思うこと

テッシーについて

なぜか、テッシーに肩入れしてしまいました。というのも、生まれ育った田舎や建築関係の会社の社長の父親に嫌気がさしながらも、それでも「あー、でも、俺はここで一生、生きていくしかないんだろうな」とあきらめているのか諦観しているのか、でも何か内心、葛藤しているような感じがしたからです。そして、夜寝る前に、『町の破壊とか学校の転覆とかを妄想している』というテッシー……うん、なんか分かる。
そんなテッシーは、25歳頃には東京で瀧とすれ違います。やっぱり、これは、テッシーは東京で暮らしている、ということですよね?! なんだかすごくホッとしました。よかった……としみじみと思いました。
三葉は、「こんな田舎出て、東京行く!」と口では言っていましたが、実際には、なんだかんだ言って神社の巫女舞いの練習をしたり(ボイコットなどはせずに)、「来世は東京のイケメンに生まれ変わりたーい!」などと言っていたり(今世は諦めたのか?)、有言不実行な感じでしたが、テッシーは逆で、「俺はここから出られないんだろうな」とか口では言っていましたが、内心は「都会に出て勝負したい!」「人生は一度きりなんだし!」と思っていたのだと思います。そんな中、“あの時”が訪れます。この町に隕石が落下してみんな死ぬ、と言い出した三葉(中身は瀧)に協力して、知識と行動力をフル活用して、町の人たち(と自分たち)を実際に救いました。テッシーにとっては大きな転機だったと思います。
そして、あの後、東京に出て、進学するなり就職するなりしたのだと思います。25歳頃には、仕事も順調、幼なじみのサヤちんと結婚して家庭を持つことになりました。
でも、テッシー……高校時代、実は三葉のことが好きだったようです。しかし、あの隕石の災害以降の三葉は、どこか遠くを見ていて、俺のことを全く見ていない。なんなら、三葉のほうから「テッシー、サヤちんと一緒になれば? お似合いだよ~、サヤちんのこと守ってあげてよ」とか、先を見越されて言われてしまったり。そんなことを考えると、やっぱりせつないテッシー。
テッシーが、しあわせでいてくれることを望みます。

瀧を送ってくれた、『ラーメン屋のオヤジ』は?
最初は、「もしやテッシーのお父さんなのでは?」と思いましたが、どうなんでしょうか。隕石落下によって、経営していた会社も故郷も亡くしたテッシーのお父さんが、奥さんと夫婦でラーメン屋を始めた、とか。
もしくは、三葉のお父さんとか。でも、店主は、奥さん(らしき女性)とは長いこと連れ添ってきた感があったので、三葉のお父さんではなくて、やはりテッシーのお父さんでいてほしいです。そしてもちろん、テッシーは、父親のラーメン屋は継ぎません!

妹の四葉について
ラストで、ちらりと映った、制服姿の四葉。教室の窓から外をけだるそうに見ている四葉がなぜか印象的でした。

 

映画の楽曲について

映画を観終わった後も、なかなか頭から離れなかった、エンディング曲。

そのエンディング曲を目当てに、CDを探して聴いてみました。「CDアルバム1枚、まるごと、映画のサウンドトラックだったのか!」と気付いたのも、CDを探してからでした。
タイトルも、そのままズバリ『君の名は。』。おお、まさに、この映画のために作られたものだったのですね! 『RADWIMPS』というバンド、最初は「ラッド……? 何て読むの?」状態でした。

君の名は。(通常盤)

君の名は。(通常盤)

 

 聴いてみると、すっかりはまってしまい、一時期、リピートして聴きまくっていました。曲だけのもよかったし、歌入りの曲もよかったです。
なので、バラエティなどのテレビでこのアルバムの中の楽曲がBGMとして使われると、「あ! あのアルバムの曲だ!」とすぐに分かり、「気安く使うなよ!(怒)」と思ったものでした。
が、例外が1つだけ。バラエティ番組『世界の果てまでイッテQ!』の中で、チャン・カワイのVTR時に、『なんでもないや』が流れた時には、ちょっとせつなくなって、でも笑ってしまいました。なので許します(←どの立場?!)。しかし、その後に、ロッチ中岡のVTR時も、『なんでもないや(三葉バージョン)』が流れて、「いやいや、ロッチ中岡のBGMは、山下達郎氏のままのほうがよかった!」と思いました。

余談ですが、『なんでもないや movie ver.』の中で、
 君のいない 世界など 夏休みのない 8月のよう
 君のいない 世界など 笑うことない サンタのよう
の部分、聴きまくりすぎて、ごちゃ混ぜになってしまい、
 君のいない 世界など 夏休みのない サンタのよう
 君のいない 世界など 笑うことない 8月のよう
と、ふと口ずさんでいる自分に気が付き。ん?なんか違う?とよくよく考えてみると、
「夏休みのない サンタ」→サンタが"休みをくれ!"と怒っていたら嫌。
「笑うことない 8月」→微妙に非常に嫌。

 

古典教師・ユキちゃん先生、友情出演!!

映画の中では、名前は出てきませんでしたが、やけに黒板に達筆な字を書く古典の先生。

この先生、小説版では、“ユキちゃん先生”と名前が出ていました。
言の葉の庭』(新海誠監督/2013年)のヒロイン、ユキノ先生でした!

ユキノさんは、隕石が落ちてきた時に、あの町にいたわけで……もし、三葉(と瀧)が町長を説得できず、町の人々を避難させることができなかったとしたら、ユキノさんも隕石落下に巻き込まれて亡くなっていたかもしれません。
タカオがユキノさんのために作った革靴と手紙は、ユキノさんのもとへ届くことはなく。タカオは、ユキノさんを失ってしまったかもしれなくて……(泣)。
なので、三葉と瀧は、ユキノさんやタカオをも救ったのです!
ありがとう、三葉と瀧ーーー!!!(←どこ目線だ?!)

そして、今後の作品にも、ユキノ先生、ちらーっとでいいから、友情出演してほしいです。
その時は、『秋月先生』になって。とか。
その時は、とびきりの笑顔で。

しあわせになってください! ユキノ先生!!!
あと、タカオも!!! がんばれっ!!!

 

個人的総感想

新海誠監督作品は、何年前だったか、たまたまYoutubeでアニメを観ていた時に、たまたま『秒速5センチメートル』を見つけ、その映像美に度肝を抜かれ、「なんて素晴らしい映像なんだ!!!」と思った覚えがありました(ストーリーはともかく)。

そんな、アニメ好き、SF好き、タイムスリップもの好き、超常現象(精神の入れ替わりなど)も抵抗なし。なので、この『君の名は。』も、すごくすごく!!!期待して、映画館で観たのですが。鑑賞後は、「……あれ?」という感じでした。全然ツボに入りませんでした。なんだかモヤッと感の残る映画だな?と思いました。
映像の美しさは相変わらずで、ひたすら目を奪われましたが、感動したというわけではありませんでした。泣けたシーンもなかったし。
もっとも、一度観ただけなので、私が完全に理解していない部分や、勘違いしている部分もあると思います。かといって、「もう一回観に行こう!」と高いお金を出して(映画料金、高いと思います!)映画館に行く気も起きず。
私にとっては、モヤッと感の残る映画でした。

でも結局は、好きかそうではないか、自分の感性に合うか合わないか、の好みの問題だと思います。

チーズケーキは好き?「すごい好き! 何個でも食べたい!」「まあまあかな。気が向けば食べる」「いや、臭いだけでウエっ!てなる」などと、人それぞれ。
じゃあ、チョコケーキはどう?「めっちゃ好き! チーズケーキよりも断然チョコケーキ!」「いや、甘いものは勘弁……」などと、人それぞれ。


結局、そういうことだと思います。

 

『感想その1』はこちら:

natsusakana.hatenablog.com

 

言の葉の庭』の感想はこちら:

natsusakana.hatenablog.com

 
❰おわり❱