『バケモノの子』(細田守監督/2015年)を“夏の映画”としてチョイスしてみる

細田守監督の“夏の映画”といえば、他にもあるのですが、あえてこちらをチョイス。

と、いっても、この『バケモノの子』は、思春期までの子どもたちと、そんな子どもを持つ親たち向けのアニメ映画かな?と思いました。

年齢だけ大人の年になってしまった私(できそこないの大人ですがw)には、思春期真っ只中の蓮や楓ちゃんのように『これからの明るい未来』を描けるはずもなく。
かといって、そんな思春期くらいまでの子どもを持つ親でもなく。
どちらでもない私は、ちょっと疎外感を感じてしまった作品でした。

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血縁関係のない親と子(熊徹と九太)の関係性がよかった

冒頭の、暗闇にボッ!ボッ!と火がともるシーンに、「おお! これからどんな物語が始まるのか?!」とぞくぞくしました。
“バケモノは、人間と違い、心に闇を持たない種族”という世界観。バケモノは闇を知らない、とても明るい世界に住んでいる。おどろおどろしい感じがする“化け物“ではなく、カタカナの“バケモノ”。
ストーリーは予想外のまさかの連続だったし、「えっ、これからどうなっちゃうの?!」などと、ちょっと心配しながら観ていました。
宗師様が「強いとは何か、旅に出て聞いてきなさい」と言い出した時は、ドラゴンボールみたいに探す旅をする話なのか?と思いきや、旅はあっという間に終わってしまったし。「ラストは熊徹と猪王山の対決なのか?」と思いきや、途中途中で街中で既に対決していたし。闘技会までに、そんなにちょくちょく対決していたら、闘技会の意味なくね?と思ったり。
そして、ラスボス(?)が、まさかの一郎彦!
渋谷のスクランブル交差点の下を泳いでいく鯨の大きな影は、とても印象的なシーンでした。
「一郎彦と対峙した九太が、一郎彦を殺しちゃうの?! それじゃあ、九太は殺人犯になっちゃうよ? 一郎彦も闇に墜ちたまま報われないの?」と心配しましたが、そこは、ちゃんと落としどころがあり。
“胸の剣”……九太にとって熊徹がそうであるように、九太がこれから先を生きていく糧みたいなものの具現化かな?と思いました。
『俺はここで見てるからな』と言う熊徹。『黙って見てろ』と言う九太。
私は、巷にはびこる“家族の絆”とか“親子の絆”とかいうのは嫌悪していますが、こういう血縁関係のない関係で、こんなふうにお互いを思い合えるのは、すごくいいなあ、と思いました。
むしろ、血縁関係があったほうが、いろんなしがらみとかで“良い関係”にはなれなさそう。

いわゆる『イイ子ちゃん』だった一郎彦について

・こういう『イイ子ちゃん』が一番危ない。
幼少期から、優等生で、大人に反抗しない、従順で模範的な子どもだった、一郎彦。弟の二郎丸が、九太に喧嘩をふっかけた時には「やめろ」と止めに入ったり。
でも、こういう『イイ子ちゃん』が、一番危ない。脆い。青年期(中高生あたり)で、爆発する。それまでの反動のように。
弟の二郎丸のほうが、よっぽど安心して観ていられました。幼少期の九太に喧嘩ふっかけたりしたけど、次第に九太が強くなると、あっけらかんと「おまえ、強いな!」と九太のことを素直に認める。裏も表もなく、分かりやすい、サッパリした子。もちろん、心に闇なんてない。
やっぱり、子どもは、小さい頃から、反抗心や敵対心を持って、他の子と喧嘩したり、親に歯向かったり、違うと思ったら違うと言う、いやだと思ったらいやだと言う、それがたとえ反社会的な態度でもそれでも立ち向かっていく気力?強さ?みたいなものを持って、どんどん出していったほうがいいのではないかと思いました(←他人事ですが)。
従順なイイ子ちゃんは、あとが怖い。

・一郎彦は、憎む相手が違う……;
闇に呑まれてしまった一郎彦。「(自分がこうなったのは)九太、おまえのせいだ! 九太、おまえをゆるさない」とか言ってたけど、おいおい、憎しみ先のベクトルが違うのでは?と。一郎彦が本当に憎むべき対象は、自分をポイ捨てのように捨てた実の親(人間)とか、はたまた、一郎彦を人間と知っていて拾ってくれたけど騙し騙し育ててくれた育ての親・猪王山とかじゃないの? 九太を憎しみの対象にするのは、完全に見当違いでしょ。
そんな一郎彦に、「面倒くせー」とスルーするわけでもなく、ちゃんと対峙する九太。『東京の人々を一郎彦から守るため』とか『駆け付けてくれた楓を守るため』とかではなく、「あいつ(一郎彦)は過去の俺なんだ、あいつを救うことは過去の俺を救うことなんだ、だから救ってやりたいんだ!」みたいな感じ? でも、自分の命を懸けてまで戦う相手なのか?とちょっと疑問に思ったり。

・一郎彦はお咎めナシ?!
戦いの後、目が覚めて、「あれ? ぼく、どうしたんだろう? 記憶がない……」で済まされてしまった一郎彦。おいおい、あんな破壊して暴れまくっておいて、一郎彦にはお咎めなしかい!とツッコミ。
一郎彦にも、なんらかの代償を払ってもらわないと、九太や熊徹が報われない気がする……。 

蓮の父親がリアリティなさすぎる

蓮が9歳の時に母親が事故死した時の母方の親族の会話から、「蓮の父親は実はDV男とかのひどい男で、だから蓮の母親は蓮や自分の身を守るために離婚してその男から逃げて一人で蓮を育てていたとか?」と思いきや、蓮の父親は、蓮の母親が事故死したことを後から知って、ずっと蓮を探し続けていたという、めちゃくちゃやさしくて家族思いな人だった。
……ええー?! そんなことってある?! そんな、リアリティの欠片もない蓮の父親
そこは、“蓮の父親はひどい男で、今では行方知れずで、どこでどうしてるか分からない”、だから蓮の保証人にはなれないと判明した、とか、 “昔はひどい男だったけど、年を経て、今は改心して、新しい家庭を築いている”とか。
だって、あんなにやさしそうなお父さんだったら、そもそも離婚する理由が見当たらない。
Wikipediaによれば(←いつもお世話になってます)、『蓮のお母さん側の親族により、強制的に離婚』したのだという。
お母さん側の親族が、男の子である蓮が目当てで跡取りにするために離婚させたとか? 蓮が持っていた写真のお母さんは、すごくやさしそうで気が弱そうだったので、親族に言われるがまま離婚したとか? う~む、だったら、このお母さんもちょっとどーなの?って感じ。シングルマザーになっても、実家や親族から経済的援助などを受けていたのかな? お母さん……そんな生き方、なんかいやだ。
蓮が親族から逃げ出したのも分かる気がする。あの親族、まるで蓮をモノ扱いしてるみたいだったし。
そして、17歳になった蓮は、人間界で、なぜか存在していた戸籍で住民票が取れた。……いやいや、現住所どこよ? あの図書館?!
蓮の父親の居場所も分かり、複雑な思いで会いに行く蓮。そこで蓮が目にした光景は! 『実の父親が、マイホームの庭で子どもと遊んでる風景』でしょ。それを目撃した蓮は、黙って立ち去る、という。父親はとっくに再婚して、新しい家庭を築き、再婚相手との子どもを可愛がっている。と、いうのが現実的。
独身のまま一人で黙々と会社勤めをしていたお父さんが、17歳に成長した蓮を自分の子と気付き、「一緒に暮らそう」と言ってくれた。その後、反発もしたけど、蓮は、最後にはお父さんと一緒に暮らすことにした、って……なんだか人間界でも、ファンタジーって感じ? 

楓ちゃんは『特別枠』?

中盤あたりで、ぬる~っと出てきた、女子高生・楓ちゃん。九太(蓮)が人間界で生きていくことに決めたきっかけのためだけに出てきた、という感じ。いきなり出てきて、主要人物みたいになった楓ちゃん。「……誰?」みたいなヒロイン。
ラストに、楓ちゃんがバケモノ界に入り込んで九太(蓮)のところに行っていたけど、バケモノ界ってそんなに簡単に誰でも入れるところだったの? 人間界とバケモノ界って、そんなに簡単に行き来できるものだったの? 楓ちゃんはどうやってバケモノ界の入り口を見つけたの? 蓮をストーカーしてたの?
そして、バケモノ界では、「ここは人間が来るところじゃない!」という暗黙の了解だったはずなのに、楓ちゃんのことは大歓迎なの?? やっぱり楓ちゃんは『特別枠』だったんですかね。

女性からもらった物を、“使い回し”する男って……

蓮が、楓ちゃんからもらった赤いしおり(糸?)のお守りを、あっさり一郎彦にあげてしまう、というシーン。
おいっ!! あっさりあげるのかよ!と全力でツッコミ。いやいや、楓ちゃんは、蓮だから、あげたのに。蓮に、お守りとして、あげたのに。そんな想いが込められた物を、あっさりと「もう俺には必要ないから」と、他人にあげて“使い回し”をする蓮。
これって……『もののけ姫』のアシタカを思い出しますよ。アシタカが、村を出る時に、村の少女(必死な思いで)に渡されたペンダントを、のちに、あっさりとサン(好きになった他の女性)にあげてしまうという。
ええーーー?!みたいな。
ま、アシタカの場合は、村の少女に対して何の気持ちもなかった(ようにみえた)ので、他の女性にあげたとしてもしょうがないとしても、蓮は楓ちゃんからもらった物を、そんなに簡単に他の人にあげてしまうのか?とちょっと不満に思いました。蓮、楓ちゃんのこと、それほど大事に思っていなかったのかな?

いらないなら、いっそのこと、こっそりゴミ箱へ捨ててほしいですよ。他の人にあげちゃうって……そんなこと知ったら非常に傷つきますよ。不愉快ですよ。ありえないですよ(と、なぜか全力で怒ってますw)。

声優さんではなく、俳優さんを使うのはなぜ?

アニメ内のキャラと俳優さんのイメージが合っていればいいけど、本当は全然違うのに、という場合はちょっと不利なのでは?と思います。
聡明な僧侶・百秋坊の声のリリー・フランキー、「リリー・フランキーがこんな良い台詞言わないでしょ!」とギャップ(←イメージです)に可笑しさを覚えつつ、でも百秋坊がいつかさらーっと下ネタを言うんじゃないかとヒヤヒヤしてしまったw でも声は合っていたのでよかった。
青年期の九太(蓮)、いくら変声期を経ていたとしても、とても同一人物の声とは思えませんでした。17歳になった九太(蓮)の声に違和感ありすぎ。
ここはやはり、ちゃんと声優さんにしてほしかった。

と、なんだかんだで文句たらたら&ツッコミしまくってしまった、この作品。
でも、親子とかで気軽に観るにはいいのではないでしょうか。
やっぱり、夏に。

→その他、細田守監督作品natsusakana.hatenablog.com

natsusakana.hatenablog.com

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