夏魚、空を行ってみる

アニメ好きによるアニメ感想、つぶやき、空想など

『宇宙よりも遠い場所』アニメ(2018年冬/全13話)総感想

南極大陸を目指す高校生たちが、四苦八苦の末、南極大陸に行く冒険物語」かと思いきや、友情などメインの青春ものでした。
が、厳しい現実、容赦ない展開、「そうきたか!」というような場面もあり。

でも、最後まで観たら、「ああ、よかったなあ」「そういうことか」とグサグサとくる、いい作品でした。
シラセ(苗字っぽいけど下の名前)が南極大陸に行きたい理由が「南極で行方不明になったお母さん(観測隊員)を探すため」というシリアスな事情。その知らせを受けたのは3年前で、もうお母さんは亡くなっているのだろうけど……。
念願だった南極に仲間と共に着き、シラセが、お母さんが行方不明になった場所に行くかどうか迷ったり、それでも行く決意をして、その地で『お母さんはもう本当にいない、死んでしまった』ということを思い知って号泣する場面に、もう……(泣)。
発見したのが、例えば『実は、お母さんが持っていた、娘との写真の裏にメッセージが!』『娘宛ての最後の遺書のようなメールを発見!』とかの甘々な展開ではなくて、残酷な現実が突きつけられただけ、というのも……。
でも、シラセが他の誰かにすくわれるのではなく、他でもない、自分自身にすくわれた、という荒療治的な展開に、本当にボロ泣きしてしまった。悲しいとか、もらい泣きとかではなくて、なんだか無性に泣けた。なんだろう、うまく言葉にできない。
そして、そんな出来事なんてなかったかのように、何事もなく始まって終わった最終話。“いつもの生活”となった南極での生活、その南極から帰還して、日本に帰ってからの“いつもの生活”。たとえ何かが起きても、いつもの生活が劇的に変わるわけではない、日常生活。なんだか、ああ、そういうことか、と腑に落ちた感じがしました。

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最後にはみんな、いい笑顔!

人間関係についてちょっとだけ

・シラセ×日向
シンガポールでの日向のパスポート紛失事件で、シラセが「4人で行く!」と言い切って、あの100万円を使った!という行動には、ほろっときてしまった。シラセ、ここであの100万円使うのか!
ま、ドリアンのオチはありましたが。
そして、その後。
日向の以前の学校の自称“友達”たちが中継先に現れた時。
「許したら(自分は)楽になれると思う?」「でも、それで向こうがホッとすると思うと、腹が立つ」などと日向。それを聞いて、敵!とばかりにカメラの向こうへブチ切れたシラセ。
この話も泣けました。2人の友情、いや4人全員の関係、よかったです。
シラセの言葉にも、ハッとしました。

・今まで“友達”がいなかった結月
他のこと、仕事やテレビリポート、海外に行くのは慣れていてしっかりしてるのに、“友達”方面ではまるで不慣れだった結月。『友達誓約書』を他の3人に書かせようとしたのは、ちょっとせつなかった。
でも、どんどん変わっていき、帰国後にみんなと離れてももう大丈夫。よかった!

・キマリ×メグっちゃん
1人で前に進み出したキマリの足を引っ張っていた、幼なじみのメグっちゃん。キマリに置いてきぼりをくらって、というのは分からなくもないな。
キマリの出発前に絶交宣言したけど、キマリは無効にしてくれて。
その後も、キマリとLINE交換したりして(ブロックなどはせずに)、最後には北極(北極圏のどこかの街か?)に行ってオーロラ! メグっちゃんも一歩を踏み出せたようでよかった。

思ったことメモ

・1話冒頭、キマリが仰向けで寝オチしてる所に、お母さんが濡れたタオルをキマリの顔にかぶせた場面。それ、江戸時代とかの『嬰児の間引き』の方法では? ちょっと怖かった。
・藤堂さんやかなえさんたちは、『高校生の娘がいる』という貴子さん(生きていれば)と同じ年くらい、というけど、すごく若く見えるけど、40代くらい? 体力あるし、パワフルだし。全力で走って逃げる現役高校生を追いかけてつかまえた、というエピソードは、すごすぎ! その新宿・歌舞伎町でのキマリたちの失踪…疾走シーン、よかった! わくわくするような感じ!
・日向の名言の数々、いちいち刺さる。日向すごい。
・『宇宙(そら)よりも遠い場所』は、シラセのお母さんが出版した本のタイトルでもあったか。写真集のようなものかな? 文字通り、遺書っぽいな。でも、最後の藤堂さんとの無線のやり取りといい、受信トレイにあったメールといい、最後まで、日常的というかありきたりだったのが印象的。“日常”や“ありきたり”が大切、ということかな。
・貴子さんは、強風かブリザードに吹き飛ばされて、もう数年経ってるし雪なども積もっているだろうから、現実、遺体は見つからないし、捜索もしないだろうかと。『必死の捜索の結果、貴子さんの遺体が氷の下から発見されて、シラセが「お母さん!」と号泣』という展開ではなかったのは、どこまでも現実的だし、そのほうがずっといい。
・日向の親が最後まで出てこなかったけど、親は超放任主義なのかそれとも放置なのか。今後の日向がちょっと心配だけど、日向は大丈夫だと思う!

とにかく行動しなきゃ始まらない

「南極に行く!」と目的地がはっきりしていたのはシラセだけで、キマリ、日向、結月は特に南極にこだわっているわけではなかったけど、でもキマリは「誘われたけど、決めたのは自分!」と言い切っていたので、そうか、そういうことでいいのか、と思ったり。
“ゴールや目的地をちゃんと決めてから動き出す”のではなくて、“ここではないどこかに行く!”で動き出してもいいのか、と。
ま、それは、若いうちの特権かもしれないけど、私の過去を振り返ると、「目的地を先に決めないといけない」「行き先が決まらないと動き出せない」などと、がんじがらめに思い詰めてて、でも全然見つからなくて、結局は行動できなかった、ということが多々あったな、と。
それこそ、南極でも北極でも、どこでもよかった、がむしゃらに行動すればよかった、と今さら。
シラセの『ざまーみろ!』の考え方も、そうか、そういうことか、と思ったり。シラセすごいな。私もそういう考え方を持ち合わせていればよかった、と今さら。『ざまーみろ!』と言ってやりたい奴は山ほどいたのに、へこたれた自分が情けない。

南極大陸について

世界初、南極点に到達したアムンゼン氏は有名だけど、小さい頃にたまたま読んだ本の、『アムンゼン隊との競争に敗れて、2番目に南極点に到達したけど、その帰りに遭難死した』というスコット氏をおぼろげに覚えています。
雪上車や馬などを早々に失い、不運(と単純に言ってもいいのだろうか)に見舞われ、帰還するもう少しの所で、悪天候のため何日も足止めを食らい、もう食料も暖を取る燃料も尽き、死を目前にしたスコット氏が、淡々と、自分の家族や周りの人たちへ遺書を書いた、というのがやたらと印象的でした。
「南極って過酷な所なんだな」「命がけで行くような所なんだな」と漠然と思った記憶があります。
スコット氏についてリンク:
ロバート・スコット - Wikipedia(遭難死までの経緯も書かれています)

おおっと、南極に行くというのはあくまで目的であって、この作品はあくまで青春ものだった!
あと、藤堂さんたち大人の『南極チャレンジ』、亡くなった貴子さんへの思いやわだかまりを溶かす旅でもあったのかな。

大人になっても、いつになってもチャレンジ!と、活!を入れられた感もありました。
すごくよかった!!