『美女と野獣』実写版のベルは美人すぎる&原作はフランス&タイトルがしっくりこない件

ディズニー映画の『美女と野獣』は、初めて観た時から、とても思い入れのあるアニメ映画。
美男美女、王子様やお姫様、ヒーローも出てこない、異色(?)のディズニー映画。
あの主題歌の名曲も心に染みます……(じわ~ん)。

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“明るくて元気で誰とでも仲良くなれて周りのみんなから好かれている”という『理想の女の子』ではなく、周りとうまくなじめなくて『変人』扱い、内面は心豊かなのに分かってくれる人がいない、そんな田舎の村の女性・ベル。そして、姿や形がずばり醜い『野獣』の男。
そんな二人が、互いに、社会的地位(王子、姫)が目的というわけでもなく、ルックスに惹かれたわけでもなく、おそるおそるだけど互いの内面を知っていき、次第に心を通わせていく。
ブサメンでも、周りとうまくなじめない変人でも、「ありのまま、そのままでも、愛してくれる人が現れるのだよ!」という、勇気と希望の物語です(←ちょっと違います??)。
ま、儚い希望なのですがw 

実写版のベルが美人すぎる件

実写版(ディズニー)の公式サイト:
www.disney.co.jp

実写映画版の予告やCMなどを観る限り(注意:実写映画版は観ていません!)、真っ先に思ったのは、「ベルが美人すぎる!」ということ。ベルは、ルックスが『美人』というわけではなく、『心が美しい』女性なのに。という解釈をしていたのですが、違っていたのですかね??
それに、予告CMでちらりと流れた、クライマックスのダンスの時。黄色いドレスを着たベルが、少しかがんで野獣に向かって礼をするシーン。ベルが野獣にわざと胸の谷間を見せているようで、「ええーー↓↓↓」と思ってしまった。ベルは、そんなふうに『女を武器にする』ような女性ではない! 野獣に胸の谷間を見せて誘惑しようとするような女性ではない! そんな安っぽい女ではないのだ。ベルは、もともと真面目だし知的な女性なのに!
と、ちらりと観た予告CMで、ベルにガッカリしてしまった。
でも、実写映画版を観たら観たで、きっとぼろ泣きするに違いありません(←え)。

原作はフランスのおとぎ話

ディズニーのオリジナル脚本では?と思っていたら、原作は『フランスに古くから伝わる、おとぎ話』とのことでした。
ディズニーでアニメ映画化されたことについて、フランスの人はどう思ったのでしょうか? 自分の国の古くから伝わるおとぎ話が、ディズニーに『改変』されてしまった。悪い『改変』ではなかったとしても。
例えて言うなら、日本に古くから伝わる物語、『竹取物語』が、ディズニーで映画化されてしまった!みたいな感じでしょうか。しかも、ディズニー特有の、なんだかよく分からないけど結局はハッピーで感動系な物語に改変されてしまったとしたら。

以前に、テレビで、外国の女性が、『竹取物語』のあらすじを聞いて、「かぐや姫は、エイリアンだったのね!」と言っていたのを聞いて、微妙~な違和感を感じてしまったことを思い出した。かぐや姫がエイリアンって……そんなこと考えたこともなかったし! でも、よくよく考えてみれば、竹の中から出てきた(生まれた?)とか、月からお迎えが来るとか、意味ワカラナ~イ!と言ってしまえばそれまでですが。でも、そんなツッコミをしようと思ったこともないくらいに、日本人にとっては、小さな頃から身近な物語だったのです。
そんな、日本人の心の拠り所?である『竹取物語』を、ディズニー映画の題材にされないうちに、『かぐや姫の物語』としてアニメ映画化してくれた高畑勲監督に感謝します(←どこから目線?!)。

フランス製の実写映画『美女と野獣』(2014年)について

フランス本家の『美女と野獣』(2014年)。ディズニーアニメ版とは設定も印象も大分違っていました。

公式サイト:
beauty-beast.gaga.ne.jp

ベルは6人兄弟の末っ子。そして、ベルのお兄ちゃんお姉ちゃんたちが、非常に残念な人たち。お父さんは商人という上流階級の一家だったけど、貿易船が沈んでしまったことがきっかけで、一家は没落。その後、少しは復活するけど、お兄ちゃんたちは借金してヤバい連中に追われてるし、お姉ちゃんたちは「お金持ちのいい男いないかしら?」「素敵なドレスが欲しいわ♪」みたいなことばかり考えている、頭カラッポな女たち。
そんな家族のために、自己犠牲になったり、家族のために奔走したりと、苦労人の末っ子・ベル。
この一家、ベルがいなかったら確実、滅びてたな……;
そして、『醜い野獣』のルール。ディズニーアニメ版のような、『薔薇の花びらが落ちるまで』というタイムリミットはない。『誰も愛してくれない醜い野獣の姿で、永遠に生き続けろ』というのが、森の精の呪い。確かに、『誰も愛してくれない世界で孤独に永遠に生きていかなければならない』というほうが残酷だよな、と思った。

ベルと野獣の心の交流のようなものはほとんど描かれず、他の事項(周りの人たち)がやたらと出てきて。
フランス製映画を観た限り、ベルはただ、野獣が王子(人間)だった頃を夢で見て、それで徐々に野獣に同情していった、という印象を受けました。
ディズニーアニメ版は、ベルには兄や姉はいなくて、ベルと野獣の心の交流が重点的に描かれていたし、“悪役”もはっきりしていたし。それはそれでスッキリと、分かりやすくてよかったかも。

美女と野獣』ではなく、『ベルと野獣』というタイトルのほうがしっくりくる

『ベル(Belle)』は、主人公の女性の名前だと思っていたのですが、フランス製実写版の中で、お姉ちゃんお兄ちゃんたちから嫉妬や嫌味を込めて“亡くなったお母さん(美人)似の、末っ子の可愛い子ちゃん”みたいな感じで、ニックネームとして『ベル(美女)』と名付けられた、ということが分かり、「あれ?! ベルっていう名前じゃなかったの?!」とビックリ。
調べてみると、Belleは英語でも『美女、美人』の意味とのこと。
原作の、フランス版のタイトル内の『Belle』(美女)が、ディズニー版で『Beauty』になり、日本語訳で『美女』となってしまったよう。

そもそも、ディズニーアニメ版では、ベルは一人っ子なので、お姉ちゃんお兄ちゃんたちの嫉妬や嫌味がこもった『ベル(美女)』というニックネームが付けられようがない。『ベル』と呼ばれるようになった、原作の由来がゴッソリ削られているのに、『ベル』(美女)という名前だけが残っているので、そのことを知ってからは、タイトルに違和感を感じてしまった。だったら、『美女と野獣』ではなくて、『ベルと野獣』のほうがしっくりくる。もしくは、もう『ベル』ではなくて違う名前にしてしまう!とか。それはそれで反感があるかな……?
いっそのこと、『ベラ』はどうでしょう?

ちなみに、こちらは『ベラ』(『妖怪人間ベム』より)。

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もし何かの偶然で、『ベラと野獣』というタイトルだったら……それはそれで、どんな物語なのかと、いろいろ想像が膨らみそうかも?

 

ええと、何の話でしたっけ。

そうです、とにかく、ディズニーのアニメ映画『美女と野獣』は素晴らしい!ということでした。

→追記:空想編、書きましたnatsusakana.hatenablog.com

❰おわり❱